サッカーW杯レポート
ブブゼラになんて負けない

 ゾウの咆哮のような轟音に包まれた南アフリカのサッカースタジアム。経験したことのない異様な雰囲気と、何が何でもデンマークに勝って決勝トーナメントに駒を進めなければならないというプレッシャーを考えれば、日本代表に「緊張するな」というほうが無理な相談だった。

 ──その時。

 「ヴォォォォォォォォォォ」

 観客席の最前列に並んだ山伏姿の男たちが立ち上がり、ほら貝を吹き始めた。天台寺、真言宗、熊野三山、鳥海山……。宗派や山ごもりの場所が違っても、山伏たちの願いは一つ。日本の勝利だ。見事なほら貝のハーモニーは最高の応援歌となり、ブルーのユニフォームの背中を押した。

* * *

 サッカーW杯南アフリカ大会で最大の注目株。それはメッシでもルーニーでも本田でもなく、「ブブゼラ」だろう。音があまりに大きいとして、W杯開催前には規制を求める声が上がったが、FIFAはアフリカらしさを演出する応援グッズとして容認した。この結果、地元アフリカ諸国の試合はもちろん、ほかの大陸からのチームの試合でも、ブブゼラがキックオフからタイムアップの瞬間までうなり続け、ピッチ上で叫ぶ選手の声や、サポーターの肉声による応援をかき消している。

 そんな状況を黙って見ていられず、思い思いの民族楽器を手に自国選手の応援のため南アフリカに駆けつけた熱心なサポーターたちがいる。時として民族色豊かな音色は、どの評論家も予測しなかったような試合結果をもたらすことがある。

 たとえば、チューリッヒからの特別便で持ち込まれた10本のアルプホルン。ブブゼラの音に埋没することなく、終始スイス代表を鼓舞し続け、優勝候補と言われたスペインとの対戦で、歴史的と言われる番狂わせを演出した。

 「ヨウロレヨウロレヨウロレヨウロレヒー」

 スイスが得点した直後、スタンドでサポーターらが高笑いするかのように歌ったヨーデルが、スペイン代表に与えた心理的な打撃の効果も見逃せない。

* * *

 「我々もなにか音の出る道具を使って応援しようと思ったのさ。ところが、これといったものが見つからない。アメリカじゃ、ひいきのチームを鳴り物で応援する習慣がないんだ。もっとも、サッカーを応援すること自体、ほとんどないけどね」

 シカゴから来たテリー・キノヴィッチさんは、そう言って肩をすくめた。

 メジャーリーグでもアメフトのNFLでも、バスケットのNBAでも、ファンは熱狂的だが、応援は肉声や手拍子が中心だ。しかし、同じ方法をサッカーW杯で使えばブブゼラの音に埋もれてしまい、アメリカ代表を励ますことができない。

 このためアメリカ代表のサポーターたちは、別の方法を考えた。

 予選グループC、アメリカ代表にとっての第2試合。前半を終わった時点では、スロバキアがリードしていた。後半開始直後、スロバキアのパスをカットしたアメリカが守りから攻めに転じた瞬間、スタジアムの最上段に設けられた特設席で、リンダ・コービルさんの指先が鍵盤上で動き始めた。メロディこそ単純だが絶妙なリズムで刻まれるオルガンの音が、巧みにサポーターの声援を先導した。

 コービルさんはシカゴ・ホワイトソックスの専属オルガン奏者。サッカーの試合で演奏を担当するのはこれが初めてだが、「攻めと守りがあるという点では、野球もサッカーも同じよね」と笑う。

 後半32分。オルガンが馴染みのメロディを奏ではじめた。アメリカ代表のサポーターが、やはり母国から持ち込んだホットドックを食べるのをしばし休んで立ち上がり、肩を組んで体を左右に揺らした。

Take me out to the ball game
Take me out with the crowd,
Buy me some peanuts and Cracker Jack….

 アメリカが2点目を入れ、敗色濃厚だった試合を引き分けに持ち込んだのは、サポーターたちが「私を野球に連れてって」の大合唱を終えた直後だった。

カテゴリー: スポーツ パーマリンク