限界集落が安全性をアピール

 過疎化が進み、限界集落の典型と言われた岩手県曽下村が「日本一安全な村」として巻き返しを図っている。国内有数の人口密度の低さを逆手にとり、健康への関心の高い家族に移住を呼びかけていく方針だ。

 佐田徳次郎村長によれば、曽下村で10人以上の人混みが観測されたのは1989年、佐田村長自身が初当選を果たしたさいの祝賀パーティーを村の中心部にある公民館で開いたのが最後。以来、村長選はほかに立候補者がいないため佐田氏の無投票当選が続いており、祝賀パーティーも開かれていない。

 明治時代から1980年代中盤までは村立小中学校の合同運動会が、児童や生徒、教職員、父母だけでなく村民の多くが参加するコミュニティ最大の行事だったが、急速な高齢化で85年に小学校が、88年に中学校が廃校になり、運動会の歴史も途絶えた。

 国の補助で82年から翌年にかけ、村の南側で土砂崩れ防止の地盤補強工事が行われたことも、人混みが減る一因となった。村で生まれ育った三上シゲさん(92)は「昔は強い雨が降るたびに、みんなで公民館に避難したのに」と当時を振り返る。

 曽下村では渡り鳥の飛行ルートからはずれており、最寄りの国際空港まで車で3時間以上がかかる。村の北側に広がる広大な山林にはイノシシが生息しているが、撒き餌にタミフルを混ぜるなど対策は万全だ。

 村役場が曽下村の安全性をホームページでアピールしたところ、東京都内の5人家族が移住を決意。30日に自家用車で村に到着した。出迎えた村長は「村をあげて歓迎します。どうか安心して暮らしてください」と、300メートル離れたところからハンドマイクのボリュームを最大にして呼びかけた。

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