世界経済の分岐点──デフレか、インフレか

 ニューヨーク・マンハッタンの書店。平積みされた本を、周辺のオフィスビルで働くビジネスマンたちが次々と購入していく。”SEIHIN – Honorable Poverty” 中野孝次の1992年の著書、『清貧の思想』を翻訳したこの本は昨年秋の発売以来、230万部を売るベストセラーとなった。物質的、金銭的な豊かさではなく、精神的、内面的な幸福を尊ぶべきだというこの本の主張にアメリカ人の多くが賛同する。

「率直に言って、『清貧の思想』に感銘を受けてしまったことを、私は日本人に謝らなければならない」。かつて日本の経済政策を鋭く批判した経済学者、ポール・クルーグマンでさえ、こう語る。

 しかし、清貧礼賛の風潮はデフレ時代の前兆ではないのか……。

 「餃子の王将のアメリカでの出店は認めない」──上院経済委員会が7日、全会一致で決議を採択した背景には、日本型デフレがアメリカ経済の回復を遅らせることへの強い危機感がある。日本の深刻な消費マインドの冷え込みのなかでも餃子の王将は手軽な価格が人気を集め、創業以来最高のペースで売り上げを伸ばしているが、外食産業における値下げの潮流の先頭に立っているのも事実。「餃子の王将がアメリカ本土に6ヶ2ドルの餃子を上陸させれば、トヨタやソニー、いや日本陸軍の上陸よりも恐ろしい」とルイス・ランブレナー上院議員(共和党)は懸念を示す。

 連邦準備制度理事会(FRB)はすでに公定歩合をゼロに近い水準にまで引き下げた。ところが景気浮揚の兆しは見えず、物価指標などの統計を見る限り、米国経済はむしろデフレへと一歩一歩近づいている。バブル崩壊後にゼロ金利政策の採用を余儀なくされ、その後約10年にわたりデフレから抜け出せなかった日本の失策の再現だ。

 コラムニストのピーター・ハーディング氏は7日付のワシントンポスト紙上で「日本と同じ政策なら日本と同じデフレに陥り、経済規模がどんどん縮小していくのは明らか。インフレ型政策の模範を探すべきではないか」と問いかけた。デフレになるくらいならインフレのほうがまし、といった考えはエコノミストの間でも根強い。政策金利がゼロになればデフレに対しては打つ手がないが、インフレに対しては政策金利を無制限に上げることができるからだ。

 8日のニューヨーク証券取引所でダウ平均株価が一時前日の終値よりも200ドル以上、上げたのは「空席となっているFRBの理事に、ジンバブエのムガベ大統領が任命される」との情報が流れたためだった。その後FRBが「現時点ではまだ何も決まっていない」と発表したものの、市場の過敏ともいえる反応はデフレに対するムガベの神通力がまだ衰えていないことを如実に示した。

 ムガベ待望論が噴出しているのはアメリカだけではない。ようやく脱した「失われた10年」に再び逆戻りしようとしている日本、アイスランドを筆頭に多くの国で物価下落が始まったEUも、デフレ退治のための新しい武器を必要としている。アメリカドルだけに基軸通貨としての役割を与えるプレトンウッズ体制が機能しなくなったいま、通貨に新しい価値の裏づけを与える「ジンバブエドル本位制」の構築が現実味を帯び始めているのだ。

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