日本の農業はいま

和歌山県の丘陵地帯をヘリコプターから見下ろすと、周囲の緑に不釣り合いな銀色の倉庫が立ち並んでいるのが見える。

みかん農家の冷凍倉庫だ。中で栽培されているのは「冷凍みかん」。零下20度で栽培され、凍ったまま出荷、販売される。

みかん冷凍栽培の第一人者、若杉幸治さんが十年前、みかん畑の中心に初めての冷凍倉庫を建てたとき、農協の幹部の一人は若杉さんに真剣に入院を勧めたという。しかし、若杉さんの心中にはある計算があった。

日本がみかん市場を開放したあとも現在の方法でみかんを栽培していては、到底輸入みかんとの競争に勝つことができない。しかし、特定のニーズにターゲットを絞り込めば、わずかな望みがあるのではないか──。

それまでの冷凍みかんは、通常のみかんを凍らせただけだった。従来品種は気温が一定以上に保たれないと育たない。そこで若杉さんは、和歌山産のみかんと、寒さに強いシベリア杉を交配することにより、氷点下でもおいしいみかんを実らせることのできる新品種を開発した。味は従来の冷凍みかんとほとんど変わらないが、「生の冷凍みかん」という宣伝が消費者に受け入れられ、JR各社による販売量のうち8割は若杉さんの開発した「生」が占めるに至った。若杉さんは現在、「網入りの生冷凍みかん」の開発に取り組んでいる。

みかん、牛肉、コメ──。ここ数年のうちに、国際社会からの圧力を受け、日本政府は農産品市場の門戸を諸外国に次々と開いた。日本の農業の将来を楽観する人は皆無に等しかった。

しかし、国産農作物は高品質と特定のニーズへの対応を武器に、輸入農作物が攻勢を強める市場にあって、シェア死守に成功している。

宮城県仙台市の佐々木家では、主婦の礼子さんが夕食の支度をしている。献立の主役は牛肉とピーマンの炒めもの。礼子さんはまず、スーパーで買ってきたピーマンを千切りにする。しかし、礼子さんの二人の息子はいずれもピーマンが大嫌いだ。それは礼子さんにもわかっている。だからこそ、礼子さんは「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」を買い求めたのだった。

「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」は、残されて、残飯として捨てられることを想定して栽培されているから、味はまずい。その代わり、見た目は良く、価格も通常のピーマンより若干安い。ピーマンの中にパールの指輪を入れる景品キャンペーンも効果もあってか、いまや日本のピーマン農家の半分以上が「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」を栽培するようになった。

ねぎの世界でも細分化が進んでいる。野菜市場に行くと、実に多種多様なねぎがある。「冷奴用のねぎ」「中華料理用ねぎ」「鼻がつまったときに鼻孔に詰め込むためのねぎ」「避妊用のねぎ」「鴨南蛮用のねぎ」「本当は鶏肉を使っている鴨南蛮用のねぎ」などなど。ねぎが「万能ねぎ」だった時代は、遠い過去のものになってしまったようである。

しかし、こうして野菜の細分化、専門化が進んでしまうと、料理する側からみると不便なところもある。冷凍みかんは、みかんジュースにはできない。冷奴用のねぎは、中華料理には使えない。「ピーマンが嫌いな子供用のピーマン」を使って避妊しても意味がないことは、言うまでもない。いまはもう、冷蔵庫に残っているクズ野菜を使って野菜スープを作るような時代ではないのかもしれない。

いや、心配はご無用。スーパーに行けば、「野菜スープ専用 冷蔵庫に残っているクズ野菜セット」がちゃんと販売されている。

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