表現力が医療を変える

 熊澤芳雄さん(63歳)が入院するのはこれが6回目。食後の腹部の痛みと下痢を訴えて入院する、慢性膵炎の診断を受けて酒を断つ、回復して退院するが、しばらくすると酒が我慢できなくなる、落ち着いていた症状がぶり返す。そんな生活をもう10年以上繰り返している。

 しかし、今度だけは事情が違った。医師が指し示したCT画像は白黒だったが、膵臓だけが赤く染まっている。その組織は見るからに脆く、いまにも崩れてしまいそう。医師がマウスを操作すると、ひとつひとつの細胞が分離して四方八方に散らばった。

 「ひーっ!」

 膵臓の鮮烈な赤と反比例するように、熊澤さんの顔から血の気が引いた。「もう、酒はやめます。金輪際飲みません。先生どうか助けてください」。画面の片隅に記された「イメージ図」の5文字を読取る余裕など、熊澤さんにはとてもない。

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 医療機器メーカーと薬品・生活用品メーカーが共同開発した画像診断装置が、いま、臨床現場を変えつつある。超音波診断、CT、MRIなど、高度な技術が満載された機器と、「わかりやすさ」を最優先した表現手法のマッチングで、患者に与えるインパクトが飛躍的に強まったのだ。

 「当社のCMは商品名、パッケージ、CMのいずれをとってもわかりやすさ第一主義。CMはわずか15秒という時間のなかで、最新のCG技術を駆使しつつ、商品の特徴をはっきりと伝えているんです」(南由規・小林製薬マーケティング部長)

 小林製薬の表現力にかねてから注目していたのが駒込都立医大の浅岡拓教授。「CTやMRIの画像を読めるのは長年の経験を積んだ医者だけ。でも、健康状態を本当に理解しなければならないのは患者本人なんです。小林製薬の表現力を使えば、高度な医療の知識のない人にだって状況が正確に理解できるでしょう」。浅岡教授の呼びかけに応じるかたちで3年前、東芝メディカルシステムと小林製薬が技術提携。新しい画像診断装置の開発が急ピッチで進み、この春から一部の医療機関で試験的な導入が始まった。

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 小林製薬のCMを際立たせる卓越した表現力。その鍵を握るのが可視化技術だ。充血、炎症、悪臭、痛み……。本来なら視覚的には表現しにくいこれらの現象を、CGデザイナーがわかりやすいかたちにしていく。たとえばチクチクする痛みなら鋭角を描くギザギザの線。鈍い痛みなら大きな丸い円形。体の内部で発生しているこれらの問題を目で再認識した消費者は、購買意欲を強く刺激され、売り場で思わずその商品に手を伸ばす。

 同じ可視化技術が、いま心療内科の臨床現場で新しい次元を切り開こうとしている。都内のクリニックを訪れたの崎谷玲さん(28)が症状を打ち明けるのは医師ではなく、小林製薬から派遣されたCGデザイナー、川勢太一さんだ。

「半年くらい前から、なんていうかこう、胸の中になんとなくモヤモヤとしたものがいつもあるっていうか」

「そのもやもやは、こんな形じゃないですか?」

「いえ、そんなウニみたいなトゲトゲがあるものじゃなくて」

「では、丸型のモヤモヤですか? たとえばこれくらいの」

「もうちょっと角張ってるかな」

「これくらい?」

「そうそう、ちょうどそれくらいです。あと、色はオレンジに紫の水玉です」

 患者とCGデザイナーの入念な打ち合わせを経て作成され、「モーヤン」と名付けられたそのCGキャラクターのデータは、主治医のパソコンに転送された。手に乗せられそうなほどリアルなモーヤンの形、テキスチャ、色を見た主治医が診断を下す。「『胸の中のなんとなくモヤモヤとしたもの』と言ってもなかなか伝わらなかったこの気持を、正確にお医者さんに伝えることができたような気がします」(崎谷さん)

 崎谷さんは今後の治療に楽観的な見方を示す。従来のカウンセリングや薬物療法の効果に加えて、川崎さんが現在急ピッチで制作している、モーヤンをダイナマイトで粉々に吹き飛ばすCG映像が、近く完成するからだ。

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