ビブラートが消えていく

 10月27日午後、上野の東京文化会館。オーストリアの声楽家ヨハネ・バインニヒがコンサートを開いた。満員の観客を前にバインニヒが歌い始めたのはシューベルトのアベ・マリア。メロディーやリズムはほかの声楽家と同じだが、バインニヒの歌には特徴がある。ビブラートがまったくかかっていないのだ。

 歌声の音程を細かく上下させるビブラートは、歌という表現手段をもつ文化圏ならほぼ例外なく使われている技法だ。あまりに普遍的であるために、人の発声器官の構造とビブラートの間に密接な関係があると考える人が、研究者の中にも多い。

 「それは完全な誤解です。エジソンが蓄音機を発表したのは1877年。それまでに書かれた歌唱法の教科書、専門書、楽譜には、ビブラートを意味する言葉はまったく登場しないんです」と、音楽史にも造詣が深いバインニヒは語る。

 当時は金属部品の加工精度が低く、円筒状のレコードの回転速度にムラがあり、再生される歌の音程も常に上下動していた。生身の歌手が正確な音程を維持しても、蓄音機が再生する音にはビブラートがかかった。エジソンは蓄音機とともに、意識しないかたちでビブラートも発明したことになる。

 蓄音機が爆発的な人気を集め、生身の歌手を見る機会のない農村部や離島にも広がっていくと、やがてビブラートを帯びた蓄音機の歌声がスタンダードになった。周波数の一定周期での変化に心地良さを感じる人も現れ、1890年代に発売された蓄音機のなかには、ビブラート増幅を目的に偏心式のターンテーブルを搭載したものさえある。

 北米や欧州で鉄道網がくまなく整備された1900年代、歌手たちはそれまでの大都市のオペラハウスやナイトクラブから、片田舎のバーや集会場にも活動の場を広げた。ストレートな生の歌声を聞かせたあと、「これが本物の歌だ」と胸を張った。「ニセモノは帰れ!」。ほとんどの観客がワインやビールの空き瓶をステージに投げつけたことで、歌手が声を震わせて蓄音機のマネをするという時代の流れが世界的に定着した。

 変化はボーカルだけにとどまらなかった。バイオリン、トロンボーンなど、演奏者による音声の微妙なコントロールが可能な楽器には、同様の技法があっという間に広がった。代表的な和楽器の尺八でさえ、ビブラートの日本上陸からわずか3年で「首振り」が当たり前になったことが、当時の教本の記載からわかる。

 モーターの精度が高まるにつれ、レコード再生時の回転ムラは減っていった。しかし、ビブラートにすっかり慣れ親しんでいた一般大衆は、平坦な歌声への回帰を許さなかった。歌手や演奏家は自発的にビブラートの幅を拡大し、レコードプレーヤーが失ってしまった「味わい」を補うことになる。論理的に回転ムラの発生しないCDが登場したことで、人間はビブラートの担い手としての役割を、レコードプレーヤーから完全に奪った。

 このような歌声のあゆみを知ってからだと、歌の本来の姿であるバインニヒのストレートな声を受け入れるのも、そう難しいことではない。

「ジャンルを問わずどの音楽家も音を震わせていますが、これは蓄音機の回転ムラによって引きされた一時の迷い。音響機器の進歩の結果、今後長い時間をかけてビブラートという技法はなくなっていくでしょう」とバインニヒは予測する。

 その一方で、新たな技術の普及の結果、音楽家は別の歌唱法・演奏法の導入を求められている。

 アナログレコードの時代から音楽に慣れ親しんできた人なら、注意深く耳を傾けることで、バインニヒの声質のザラザラ感に気がついたはずだ。それは、遠くから見ると完全な曲面なのに、近寄ってみると角張ったレゴブロックで形成されているオブジェにも似ている。インターネットを通じた音楽配信に慣れ親しんだ若者にとっては、むしろこのような声のほうが自然に聞こえるという。最近の音楽ソフトの大半が、データ量の節約を目的に音声信号を圧縮して記録しているためだ。

「生々しすぎて気持ち悪い」

 圧縮を経ていないナチュラルでクリアーな歌声を聴かせると、若者の大半はこういった言葉で拒否反応を示す。

「デジタル世代にとっては、私のような明確な手触りのある歌声のほうが受け入れやすいんですよ」

 そう言い残して、バインニヒは仲買人とのジョイント・ミニライブが開かれる築地魚市場へと向かった。

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