日本語表記で中間報告、「ぬ」に濁音を追加

 文部科学大臣の諮問機関「日本語表記審議会」は17日、ひらがな表記に「ぬ」の濁音を新たに加えべきとする中間報告をまとめた。審議委員の多くは、日本語の文章や会話のなかで「ぬ」が活用される機会が減り、このままでは約20年で忘れ去られると懸念。子孫への伝承のために濁音の追加で存在感を高めるべきと主張している。

 「ぬ」が危機的な状況に置かれていることは、早稲田大学文学部の戸間和樹教授らが2007年に行った調査の結果からも明らかだ。高校生、大学生341人に書き取りさせたところ、「ぬ」の最後のループを正しく書けた人は51%。ループなしの「め」を書いた人が18%、ループを逆の方向、つまり「e」の筆記体に似た形状で書いた人が20%、ループの方向がわからないまま折衷案として輪の中心を線が横切る「φ」を書いた人が11%いた。

 「ケータイやメールでのコミュニケーションが増え、ひらがなの書き取り能力が衰えていることは予想していたが、まさかここまでとは予想していなかった」と、戸間教授は当時の衝撃を振り返る。「活字が普及してから、ひらがなの字体は比較的よく保持されていた。ここまで大規模な崩れは、いわゆる聖子ちゃんカットの流行のあおりを受け、『わ』の最後を外側にカールさせる少女が急増して、『れ』との混同が発生したとき以来ではないか」

 「ぬ」はかつて、完了の助動詞の終止形(「風立ちぬ」の「ぬ」)、打ち消しの助動詞の連体形(「知らぬ存ぜぬ」の「ぬ」)など、日本語表現において重要な役割を担っていたが、言文一致運動の結果、存在感は大幅に薄まった。追い打ちをかけたのが、昭和30年から40年にかけての宅地造成ブーム。低湿地を連想させる「沼」が近隣にあると売れ行きが鈍るとの不動産デベロッパーからの抗議をうけた自治体が、相次いで「池」「台」などへの変更を行った結果、「ぬ」の使用頻度がさらに減った。

 「ぬ」の絶滅を黙ってみているわけにはいかないと立ち上がったのが、江戸の火消し「いろは組」のうち「ぬ組」の流れを組む世田谷消防団。団長の秋村保氏は9年前、親戚の営む貿易会社がアメリカから肩ひものないシリコン素材の胸パッドを輸入し、「ペタブラ」として日本でも発売しようとしているのを知り、社長に頼み込んで「ヌーブラ」に名称を変更してもらったが、これが逆効果となり、「ぬ」のカタカナ化の傾向に一層拍車をかけてしまった。「ヌード」「ヌードル」「ヌクリアー」「ヌクレオチド」……。「ヌ」で始まるカタカナ言葉が増えるのに反比例するかのように、若年層の「ぬ」の書き取り能力は衰える一方だ。

 一方、書き言葉の世界で使用頻度が徐々に高まっているのが「ぬ」の濁音。強い怒りや、高い粘性係数を意味する擬態語の一部として使われるケースが確認されている。現在は「ぬ」に「゛」を加えた2文字で表現されているが、日本語表記審議会の委員の大半は、濁点を含めて1文字とすることで社会のニーズに応えると同時に、正しい「ぬ」を後世に伝えることができるとの見方で早くから一致していた。

 一部の委員からは、小さく表記される「ゎ」の半濁音もひらがなに加えるべきとの声も出ているが、「ゎ」自体が一部の拗音マニア向けのレア文字となっており、その半濁音の使用には一段と高度な技術と知識が要求され、音声学者の間でも「ゎ」の半濁音をどのように発音するべきかについては意見が分かれているため、現時点での文字の割り当ては時期尚早だとして見送られることになった。

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