技術史探訪──今日は何の日?

 ニュートンは落下するリンゴを見て万有引力の存在を強く意識したと伝えられているが、アメリカ人技術者のヘンリー・ゼーリックの頭の中では1947年の秋、妻のサマンサ、娘のジョアンとともにサンフランシスコ郊外の遊園地を訪れたさい、画期的なアイディアがひらめいた。

 のちに出版した回顧録に、ゼーリックはこう記している。

 「ジョアンがコーヒーカップに乗ろうと何度もせがむので、私が一緒に乗るしかなかった。私は幼いころから遊園地の乗り物が不得意だったが、妻は当時、ジョアンの弟のケントを身ごもっていた。ジョアンと私を乗せたカップが1回転、また1回転するたびに気分が悪くなった。体内で肉、骨、血液が分離してしまうような気がした──分離?」

 混合物を大きな重力の中にさらせば、わずかに比重が異なる物質に違う大きさの力がかかり、分離できるのでは? そう思いついたゼーリックは翌日からガレージ兼工房にこもって、まったく新しい機械の開発にいそしんだ。最初はレコードプレーヤーを改造した非力なものだったが、改良を続けた結果、約半年後には強力なモーターを具えた世界初の遠心分離機が完成。ゼーリックは早速3種類のペーストを混ぜてチューブに入れ、遠心分離機の内部にセットし、「スタート」ボタンを押した。1949年11月24日の昼下がりのことだった。

 薬品、食品、そして濃縮ウラン……。研究成果は世界中の優秀な技術者に引き継がれ、ゼーリックの予想をはるかに超える広い範囲に応用された。「あの日、ジョアンが私の手を強く握ってコーヒーカップに連れて行かなかったら、世界の姿はいまとはかなり違っていたのではないか」というゼーリックの言葉は、決して大げさなものではない。

 11月24日は「アクアフレッシュの日」。赤、白、青のストライプがあざやかなこの歯磨き粉は現在、世界26ヵ国で販売されているが、基本的な製法は62年前に発明されたときと少しも変わっていない。

カテゴリー: 科学 パーマリンク