探訪 企業城下町

【愛知県豊田市】

 

 クルマの里、愛知県豊田市に来てまず気がつくのは、看板が日本のどの街よりも大きくて、多いということだ。

「クラウンのボディー、150台分できました」

「カムリのハンドル、300台分、3日の午後3時25分42秒までに持ってこい」

「カローラのピストン4000個、間に合いません。納品2秒遅れてもいいですか?」

10階建てのビルほどもありそうな看板に、巨大な字で連絡事項が書かれている。連絡事項は分刻みで変わるから、看板屋とペンキ屋は大忙しだ。

これが、日本のみならず、世界の工場を変えた「かんばん方式」である。

多種少量生産への対応が不可欠な現代の製造業では、部品在庫の圧縮がコストダウンに直結する。書類やファクシミリ、コンピュータ・ネットワークに頼ってジャスト・オン・タイムの部品納品を実現することも不可能ではないが、この方式の欠点はある工程の一つ前の段階までしか、意思が伝達されないということだ。二つ前の段階には、下流の工程がどのような出荷計画を立てているのか知る由もない。

そこでトヨタ自動車では、グループ傘下の工場すべてに巨大な看板を設置し、この看板を使って部品の受注・発注を行わせるシステムを考え出した。これなら、最終工程がどんな部品をどれだけ要求しているのかが一目瞭然だから、最上流の部品メーカーも無駄のないスケジュールで生産できるようになる。

こうして豊田市の巨大看板群は、日本経済の一大看板となった。雲の上に突き出た看板は、富士山と並んで、飛行機に乗った外人観光客が必ずカメラのシャッターを押す日本の典型的景色となった。

ところが、バブル経済がはじけたあたりから、その看板が土台から揺らぎはじめた。多種少量生産が製造コスト上昇につながったという反省から車種の統廃合が行われた結果、かんばん方式に頼る必要があるのかといった疑問を抱く社員が多くなった。ワープロ全盛時代となり、味のある大きな字を看板に書ける人が少なくなったことも見逃せない。

そこでトヨタでは、QCサークルで「いちご白書をもう一度」を合唱して生産ラインの結束力を高める「バンバン方式」や、ピアノ、オルガン、アコーディオンを演奏して指先を器用にし、さらには品質を高める「鍵盤方式」、昼食の給仕係を社員が交代で務めることによりコストを飛躍的に削減する「給食当番方式」などを次々に導入した。トヨタが不況時の需要の落ち込みをなんとか乗り切ることができたのも、「プロジェクトXバン」と呼ばれるこれらの改革によるところが大きい。

いま、自動車業界は長い不況のトンネルから抜け出したところだ。販売台数の前年割れにはようやく歯止めがかかり、ニューモデルがヒットしたといった明るいニュースも久しぶりに伝えられるようになった。

そんな市場の変化に対応し、トヨタでは「新かんばん方式」を採用しようとしている。これまでの看板は単に意志疎通の手段に過ぎなかったが、新かんばん方式では一歩進んで、看板をクルマの原材料の一部として採用する。たとえば、従来の方式なら「クラウンのボディー、150台分できました」と看板に文字で書いていたところを、新方式では看板の鉄板をそのままプレスしてクラウン150台分のボディーにしてしまう。これなら文字よりもわかりやすいし、看板の文字を塗り直す手間も省ける。

さらに、特色のある看板を活かしたニューモデルの開発も進んでいる。近く発表される予定の新型スポーツカーは大阪のカニ料理屋の看板を利用した。従来車種に比べ、横方向の運動性が格段に強化されたという。

世界の工場を大きく変えたかんばん方式。本場の豊田市で改良のための努力が続けられている限り、看板倒れになることはなさそうだ。

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