血沸き肉躍る味

その店は、横浜中華街の一角にある。

土曜日の夜6時。店は家族連れで満員だ。外人客も数人見える。

オーダーを済ませた客たちは、袖まくりした片腕を円卓の上に乗せている。

やがてウェイトレスたちがおしぼりを運んできた。いや、おしぼりではない。アルコールをしみ込ませた脱脂綿だ。客たちが会話に興じている間に、ウェートレスが手際良く客たちの腕を次々と消毒し、点滴用の針を刺していく。

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 そう、ここは知る人ぞ知る中華風点滴の老舗であり、唯一の日本赤十字社推薦の店、「血管飯店」である。代表的なメニューをいくつかご紹介させていただく。

まずは葱爆牛肉(牛肉と葱の炒めもの)。もちろん、炒めた牛肉をそのまま血管のなかに埋め込んだのではすぐに血行障害を起こしてしまうので、料理を細かく砕いたものを生理的食塩水に混ぜ、血管の中に流し込む。点滴グルメでなくてもわかりそうなものだが、昨今のブームに便乗して素人が始めた店の中には、満漢全席のフルコースを丸ごと大動脈の中に押し込む阿漕な店もあると いうから、初心者のかたはくれぐれもご注意願いたい。

さて、血管の中に流しこまれた葱爆牛肉であるが、ねぎの成分が毛細血管を伝わり体中に伝わっていくのがよくわかる。わかりやすい言葉で表現すれば、皮膚を剥がして筋肉と骨を直接乾布摩擦した、ともいうべき感覚である。次の瞬間、牛肉の成分が舌、いや、赤血球を包み込む。にんにく、しょうがの香りがなんとも心地よい。ふと気がつくと呑み込んだものを反すうしていたのは、肉にほんのりと残された牛の思考の影響だろうか。

二番目の料理は百花醸蟹拑(カニのはさみのフライ)。「血管飯店」では古くから伝わる秘法により、カニの甲羅ごと粉々に砕いて点滴してくれる。そのせいか、全身のミトコンドリアをカニのはさみで軽く挟まれたような不思議な感じを覚える。柔道の最中にカニバサミをしかけられ足首を複雑骨折するのは世界のヤマシタでなくても願い下げだが、百花醸蟹拑のはクセになりそうな危険な痛みといったところだろうか。

最後に酸辣湯をいただく。その名が示す通り、酸っぱくて辛いスープである。点滴すると酢と胡椒の成分の作用により全身のバイキンを殺すことができる。正常な赤血球や白血球も死んでしまうが、酸辣湯にはニワトリの血を固まらせたものがふんだんに入っているから心配する必要はない。寝覚めの悪い方にとくにお薦めのメニューである。

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 中国語に、こんなことわざがある。

普通のサモ・ハン・キンポーは、声で演技する

良いサモ・ハン・キンポーは、顔で演技する

極上のサモ・ハン・キンポーは、全身で演技する

舌だけではなく体全身で素材の味を楽しむ中華風点滴、皆さんも是非お試しあれ。

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