地球に優しくハッカで涼む

 北海道北見市郊外の丘陵地帯。オホーツク海から吹いてくる風が心地よいのは、季節が秋を迎えて涼しくなったことだけが理由ではない。鼻の奥までヒンヤリとするようなクールな香りの正体は、見渡すかぎりの畑に植えられたハッカから揮発したメンソールだ。

 田口哲樹さんはこの地域を代表するハッカ農家。「イライラしたときは、ここに立って畑を見回すんですよ。空気が気持ち良くて、いつのまにかイライラの理由も忘れてるんです」

 かつて北見市は世界一のハッカ王国だった。戦後からハッカ農家が増え始め、精製工場で結晶化されたメンソールは食品、ガム、タバコの原料として欧米を中心に世界各国に輸出されたが、栄華は長く続かなかった。石油からのメンソール合成技術が確立されるとハッカ相場が急落。南米の広大な耕地で安価なハッカが生産されるようになったことも影響し、北見産のハッカは山のように売れ残った。ハッカ畑は次々とジャガイモ畑やビート畑へと生まれ変わり、専業農家は田口さんを含め3世帯だけになった。

 状況が変わったのは15年ほど前から。都市部のトイレでシャワートイレが普及するにつれ、大都市圏を中心にメンソールの新しいニーズが広がった。噴射水に少し混ぜるだけで、体の芯から納涼感に浸れることが主婦向け週刊誌で紹介され、口コミでブームが広がったのだ。トイレ用のボトル入りハッカ液も相次いで発売され、昨年の販売量は3億本を超えた。

 ハッカへの期待は高まるばかりだ。栽培の過程で大気中の二酸化炭素を吸収することから、化石燃料に依存した空調よりもはるかに地球にやさしい。ほかのバイオ燃料よりも優れており、サトウキビから醸造したアルコールで発電してエアコンを作動させ、体を外から冷やすよりも、ハッカ液とシャワートイレで体を芯から冷やすほうがエネルギー効率は300倍高いとの報告もある。

 田口さんはハッカの新たな用途を意外には思っていないという。「うちも昔から、夏になると愛用してましたからね。もっとも当時はシャワートイレがなかったので、葉っぱをそのまま使ってたんですが」

 日本列島が記録的猛暑に包まれたこの夏、需要は急増し、ボトル入りハッカ液が売り切れする店が続出した。メーカーに強く増産を要請された田口さんは、休耕地を周辺の農家から借り受けて、さらにハッカ畑を広げるつもりだ。

 しかしそれは来年の話。北見には晩秋、そして厳しい冬が足早に訪れる。ハッカの収穫を終えたら、すぐにビニールハウス内でのトウガラシ栽培の準備だ。「シャワートイレとトウガラシ液さえあれば、寒い北国でも光熱費がタダになるんです」。田口さんの口調は、実体験に裏打ちされた確信に満ちているように聞こえた。

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