懐かしの洋盤、老人福祉で活用

静岡県内の私営老人ホーム「ライフハウスゆうゆう」。春の到来を感じさせる暖かな陽気の下で、入居している70代、80代のお年寄りがくつろいでいる。体の不自由な人が多いが、ほおは皆ほのかに赤く染まっており、血色はいい。

午後3時、お年寄りが楽しみにしている時間がやってきたことを示す音楽が流れてくる。1960年代の米国西海岸によく似合うギターの音色とファルセット(裏声)だ。

I’m pickin’ up good vibrations
She’s giving me excitations
I’m pickin’ up good vibrations
She’s giving me excitations
Good good good good vibrations

マッサージチェアーに腰掛ける人、足裏マッサージ機の上に足をそろえて載せる人、ベルトで腰を支えながら体を後ろに傾ける人、電動式マッサージ棒を背中に当てる人……。お年寄りはいずれも気持ちよさそうだ。

ヘルパーの得田文子さんは言う。「昔はお年寄りが好きだと思って演歌や浪曲をかけていました。ある日、ビーチボーイズの特集をしていたラジオからこの曲が流れてきて、お年寄りが何かに命じられたかのようにマッサージ用の道具を使い始めたんです」

入居者の一人、山口トミさん(86)は、マッサージ棒を肩に押し当てながら震える声で「ぐっどぐっどぐっどぐっどばいぶれーしょん」と口ずさむ。

いま、全国の老人福祉施設で音楽を用いたケアの導入が着々と進んでいる。キーワードは「1950年代、60年代のロック」。リアルタイムでこれらの音楽に触れた人が福祉施設に入居する年齢層に達したのを契機に、オールディーズの福祉分野での応用が注目を集め始めた。

佐賀県内の特別養護老人ホーム「康陽園」。痴呆の進んだ入居者の比率が高く、ヘルパーたちにとって戦争のような日々が続いたが、ロックが平和をもたらした。

Picture yourself in a boat on a river
With tangerine trees and marmalade skies
Somebody calls you, you answer quite slowly
A girl with kaleidoscope eyes

Cellophane flowers of yellow and green
Towering over your head
Look for the girl with the sun in her eyes
And she’s gone

Lucy in the sky with diamonds
Lucy in the sky with diamonds
Lucy in the sky with diamonds, ah

ジョン・レノンとポール・マッカートニーによるこの曲の歌詞の意味は、常人には理解しがたく、LSDを服用したあとの精神世界を表現した歌とも言われている。ところが、「この歳になると全部わかるんだねぇ」と遠い空の一点を見つめながらつぶやくのは諏訪健吉さん(92)。「ルーシーだけじゃないんだよ。12年前に死んだトミも、ほら、あそこに浮かんでいるのが見えるだろ?」

我々の精神世界に通じる歌が約40年前から存在していた。孤独じゃなかったんだ――そんな安心感が、諏訪健吉さんの毎日を穏やかなものにした。近く開かれるカラオケ大会に向け、I Am The Walrusの歌詞の意味を吟味しながらうなずく毎日が続く。

1950年代、60年代の効果に老人福祉の専門家は注目する。が、音楽が老人に与える影響を検証しないままブームに飛びついた施設で、老人がけがをするケースが発生しているのも事実。昨年、プレスリーのまねをして腰が外れた人は全国で43人に達し、厚生労働省はDon’t be cruelのCDに老人への大量投与が副作用を引き起こす危険があることを明示する文書を添付するよう、音楽業界の団体に指導した。

富山県の老人ホーム「テケテケ園」ではその名が示す通り、1日中エレキギターの奏でる音が流れている。アップテンポの曲もあるが、老人の動きはゆったりしており、あせらずに人生の最後の日々を楽しんでいるように見える。かつては週に2~3回は発生していた老人の転倒が、音楽の効果でほとんどなくなった。

昨年春に入居した鈴木恵子さん(75)は長い間、中華料理屋を切り盛りしながら多忙な毎日を過ごしてきたため、老人ホーム内の遅い時間の流れが我慢できなかったが、いまでは仲間の老人と歩調を合わせるようにのんびりと毎日を過ごしている。

「歩きなさい、走っちゃダメですよ。ベンチャーズもそう教えていますからね」

カテゴリー: 文化 パーマリンク