社長受難の時代――経営者の能力とは?

 三井物産が次期社長を発表した3日、同社の内外から驚きの声が上がった。国後島発電施設の不正入札やモンゴル政府高官に対する贈賄疑惑の責任を取り辞任する前任者に代わり、巨大商社のトップに就任する小野肇氏は42歳。取引先から寄せられるクレーム処理に長く関わってきたが、社内での知名度はゼロに等しい。

「かかとがそろった状態で膝はまっすぐ。それでも手のひらがぴったりと床についていた」

 役員の一人は人選の決め手になった面接の様子を明かす。その2日前、会長・社長の辞任やむなしとの認識が社内に広がった時点で、物産の人事部は全世界の支店、営業所、事務所に緊急通達を送っている。

「体の柔らかい社員急募。経歴、学歴、年齢は不問。応募は本社人事部まで。立位体前屈の写真添附のこと」

 3日に記者会見を開き辞任を発表した現社長は「経営責任」を認めた。しかし、一連の疑惑の真相については当局による捜査中であること、書類が押収されたことを理由に「説明できない」の一点張り。翌日の新聞には真横から撮影された現社長の写真が「腰は最大でも30度しか曲がらず、どこまで反省しているか疑問」との説明とともに掲載された。

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 三菱自動車、雪印、日本ハム、そして三井物産……。優良企業を舞台にした不祥事がこの数年、急増している。「会社ぐるみの犯行ではない」「再発を防ぐのが経営者としての責務」といった弁明もむなしく、激しい非難の波に飲み込まれるように社長が辞任する。そんなパターンが繰り返されてきた。

 上場会社社長の座を3年前に逐われた人物は語る。

「大企業の社員すべての行為を把握できるわけがない。社員の不祥事を理由に社長のクビを切ってばかりいると、日本経済の体力が弱体化する」

 不祥事の記録がまったくない有名企業はいまや少数派だ。終身雇用制の崩壊で、不正を目の当たりにした社員が内部告発するケースが増えた。マスコミの監視も厳しい。かつては新聞が経済面の片隅で取り上げたような地味な問題も、いまではテレビのワイドショーがショッキングな効果音つきで繰り返し報道する。

「不祥事を防ぐという目標はもはや現実的ではない。不祥事発覚のダメージを最小限に抑えることが、日本企業にとっての課題になるだろう。時代のニーズに合わせて社長の条件も見直されるべき」と、一橋大学のMBA(Master of Business Apology)コースで教壇に立つ馬場伸欣助教授は語る。

 前出の三井物産役員も、同様の見方を示す。

「これからの企業経営者に求められるのは、社員を率いる能力ではなく、社会に謝る能力だ。胸が足にぴったりつくくらいの謝り方なら、物産の看板についた傷はすぐに消え去るだろう」

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 日本以上に企業の不祥事が多発しているのが、米国だ。エンロン、ワールドコムで明らかになった不正会計は、二つの巨大企業を瞬時に葬り去った。最近では大手証券会社がこれらの企業の内情を知りながら、投資家に株式購入を勧めた疑いも浮上。米国企業がいつ泥沼から抜け出せるのか、誰にも分からない。

「米国企業は不祥事に対する免疫がない。投資家や証券当局が企業の不正に厳しいことはもちろんだが、アメリカ人が伝統的に謝り下手という要素も見逃せない」(ハーバード大学ビジネススクール、マイケル・ドリスコフ教授)

 米国企業がいま注目するのが、日本人の優れた謝罪能力。7月、ニューヨークで元外務審議官の加茂真二氏がビジネス・コンサルティング会社を開いた。加茂氏は入省以来、一貫して日本の対中国・韓国政策の中枢で活躍、謝罪のプロと呼ばれた人物だ。

「日本人はすいませんという言葉を、感謝の意味と陳謝の意味の両方で使う。こんな民族は世界で日本人だけ。謝罪の能力が企業の競争力を左右するこれからの時代は、日本企業にとり有利なのではないか」(加茂氏)

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 原子力発電所の点検修理記録改ざんが明るみに出た東京電力で3日、新社長が電話対応マニュアルの変更を全国の事業所に命令した。

――電話に出たらまず「ごめんなさい」

――停電の苦情なら「ごめんなさい」

――先方の連絡したい人が不在なら「ごめんなさい」

――間違い電話がかかってきたら「ごめんなさい」

――相手がいつまでも無言なら「ごめんなさい」

 今回の不正について、可能な限り謝る。ほとぼりがさめても、ひたすら謝り続ける。その量が次の不祥事が起こったときの会社の評判、さらには日本の原子力政策をも左右することになる。ゴールが見えない東京電力の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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