日経、「株価下落」への対策探る

 9420円85銭――日経平均株価がバブル後の最安値を更新した2月6日、日本経済新聞社の山口修取締役が大阪の阪神電鉄本社を訪れた。

「3年連続最下位というタイガースの成績は、阪神電鉄本体の足を引っ張っていないのか?」

 山口はフィナンシャル・データ部門の総責任者。真剣な眼差しで阪神電鉄の大平信夫常務に質問をぶつけたのは、紙面に載せるためではない。

「成績が低迷すればするなりに愛されるようなチーム作りができていると思う」

 大平のアドバイスには、日経の看板についた傷を修復するためのヒントが隠されているかもしれない。

 東京証券取引所の第一部に上場されている株式のうち、主要な225銘柄の動きを示す「日経平均株価」は、1970年以来、日本経済新聞社が算出・発表している。日本の株価指数には、東京証券取引所が算出し、すべての銘柄の値動きを示すTOPIXもあるが、投資家やマスコミは、TOPIXよりも日経平均株価の動きに注目している。

 日本経済のバブルが膨張する過程で、日経平均株価は右肩上がりのグラフを描き続け、「NIKKEI」は海外でも日本の繁栄の象徴となった。証券投資ブームで読者は増え、広告枠は簡単に埋まった。日本経済新聞社の収益もまた、右肩上がりだった。

 バブル崩壊後の収益悪化は、ほかの大手マスコミ、さらには大部分の日本企業と共通する現象だ。ただ、日本経済新聞社の場合には「日経平均株価」という看板を掲げている分、落ち込みが激しい。

 埼玉県川越市で金融業を営む大堀亘は、30年間続けてきた日経の講読を昨年秋にやめた。紙面への信頼が揺らいだわけではないが、証券投資に必要な情報は、一般紙、証券新聞、テレビなどで集めることにした。「(日経は)縁起が悪いような気がした。株価上昇のためには、気分転換も必要なのではないか」

 より厳しい見方を示すのは、神戸の主婦、和田成美だ。和田が父親の遺産、約8000万円を株につぎ込んだころ、日経平均株価は2万円程度だった。その後、株価上昇とともに和田の生活は次第に派手になり、3万円を超えたころには身の回りのものすべてがシャネルとエルメスになっていた。いまではファッションセンターしまむらでバーゲン品を漁る和田は、「証券マンと日経に騙された。雪印の社長みたいに、日経の社長にも責任を取ってもらいたい」と恨めしそうに語る。

 前出の山口修は、これらの批判的な見方に「とんでもない」と反論する。

「日経平均株価は、株価の動きを指数化しているだけ。株価が全体的に下がれば、指数も下がるのが当然で、悪いのは日本経済そのもの。株安を日本経済新聞のせいにするのは、凶悪事件を報道した朝日や読売が悪いというようなものだ」

 経済報道が専門の林大介・上智大学教授は、別の見方を示す。

「そもそも、株価の動きという事実を伝えるのに、『日経』という企業名、商品名を冠することが適切なのかどうか。『朝日新聞・今日の殺人事件』というコーナーを紙面に設けるようなものではないのか。逆にいえば、日本経済新聞は『日経』という看板付きで指数を伝えているのだから、マイナスの影響も甘んじて受け入れるべき」

 日本経済新聞社ではバブル崩壊直後、広告コンサルタントに依頼し、株価の下落が企業・商品イメージに与える悪影響を調査させたことがある。コンサルタントから提出された報告書は、経営陣を震撼させた。

「日経平均株価1万円下落のダメージをモータースポーツに換算すれば、企業ロゴが描かれたラリー車が砂漠の中央でエンストし、そのすぐ横をラクダのキャラバンがゆっくりと通りすぎていく映像が全世界に放映される状況に匹敵する」

 このため、日本経済新聞社では一時期、株価指数関連業務の譲渡を真剣に検討した。譲渡先として浮上したのは大手スーパー・マーケットのイトーヨーカ堂。関係者によれば、イトーヨーカ堂側も受入れに積極的で、「日本の株は物価の優等生」というイメージが、価格差に敏感になった消費者を集めるのに役立つと期待したという。指数の名称を「IYベーシック株価平均」に変更し、毎週水曜日は食肉業界、木曜日は繊維業界の計算比率を割り引くといった算定方法の調整プランも浮上した。

 新日本プロレスも、日本経済新聞社と水面下で交渉していた時期がある。「日経パワースラム」「日経バックドロップ」「トップロープからの日経ダイビング・ヘッドパット」……。名前に「日経」を冠したからといって落下技の内容が大きく変わるわけではないが、観客やテレビ中継の視聴者は、重力加速度を体感することができる。小林製薬が、発熱時に額にはりつける「熱さまシート」のロゴを、日経平均株価の折れ線グラフにすることを一時検討したのも、同様の狙いからだった。

 結局、これらの提携交渉は立ち消えになった。株価が下がり過ぎて、イトーヨーカ堂は原価割れ、新日本プロレスはマットの陥没、小林製薬はユーザーの凍死を懸念するようになったためだ。日本経済新聞社には、日本で唯一の経済紙として今後も指数の算出を続け、責任を果たさなければならないという使命感もあった。

 山口はいま、「株価指数リバイバルプロジェクトチーム」を率いている。日経平均株価を存続させたまま、企業・商品イメージへの悪影響を防ぐのがチームの役割だ。

 有力なのは、少なくとも株価が上昇に転じるまで、指数の動きが小さくなるようなしくみにするというアイディア。今年の5月からは試験的に、株価とのリンクを断ち切った「日経株価アボガドロ数」の算定が始まる。新指数への期待感を背景に、初値は6.0221367×10の23乗程度の高水準になるとの見方が強い。

 また、現行の日経平均株価では「円」とされている単位が変更される可能性もある。とくに円安の局面では、外国機関投資家が日経平均株価の下落を国内よりも深刻に受け止める傾向が強いためだ。たとえば、「今日の日経平均株価は9420キログラム」というニュースが伝えられれば、日本市場の存在感が重みを増しそうだ。このほか、単位にヘクタールを採用するべきとの声もあるが、日本企業の実質的な収益改善策が伴わなければ、原野商法とみなされ摘発されるとの反対論も根強い。

 山口は「個人投資家を市場に呼び戻すには、単なる数字ではなく、投資家が具体的なイメージを抱けるようにすることが肝要。具体的な方策はある」と語る。株価指数、そして日本経済の抜本的な改革が実現すれば、来年のいまごろ日本の株価は「特上1万5000人前」あたりまで回復しているかもしれない。(文中敬称略)

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