少子化の向こうにあるもの

 森下好恵さんの78回目の誕生日となった今年12月13日、森下家の前には早朝から長い行列ができた。元弁護士、元医師、会社社長、市議会議員……。高齢の男性たちが花束やプレゼントを抱えて、自分の番が回ってくるのを待っている。

 これほど多くの男性たちを引き付ける森下さんの魅力とは何なのか。美人ではない。スタイルがいいわけでもない。これといった財産もない。「他のみなさんより幸せだと思うのは、子宝に恵まれ、孫が18人もいることですね」。そう言って優しく微笑む森下さんと仲良くなりたいと願う男性たちには、ある共通点がある。孫が1人もいないのだ。

 1人の女性が2人の子どもを生まない時代。孫の減少はもっと早いペースで進んでいる。「老人でなく、おじいちゃんおばあちゃんになりたい」という欲求が満たされないために、多くのお年寄りが苦しんでいる。森下さん宅前に並んだ男性たちは「再婚でも不倫でもいいから、『おじいちゃん』と呼ばれてみたい」と異口同音に語る。

 警視庁のベテラン刑事によれば、一昔前までの詐欺師は、実業家、皇室関係者、有名人の友人などを名乗ったものだが、最近では「先祖代々、多産の家系」といった甘い言葉に騙される一人暮らしの資産家が急増しているという。

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 水木淳彦さんも悩める老人の一人だ。水木さんは最高裁判所判事として、衆議院議員定数訴訟に長い間関わってきた。議員1人あたりの有権者数が選挙区によって異なる現状は、法の下の平等を定めた日本国憲法に違反しているのではないかという、極めて重い問題と向き合ってこられたのは、いつの日か娘が嫁に行き、出産し、自分の退官後、赤ちゃんを連れて遊びに来る情景を思い描いていたからこそだ。

 緊張を強いられる判決書の作成で、鉛筆で余白に「おじいちゃんでちゅよ。べろべろべろべろ……ばぁ」と走り書きして自分を励ましたことも、一度や二度ではなかった。

 ところが、水木さんの娘は結婚せず、仕事に生きる道を選んだ。現在は東京地検特捜部所属の検察官として、政財界を舞台にした犯罪の捜査にあたっている。

「おじいちゃんでちゅよ。べろべろべろべろ……ばぁ」

 憎らしい声が日曜日ごとに垣根の向こうから聞こえてくる。「隣家には孫が3人も遊びに来るんです。うちはゼロ。なんのための人生だったのか……」。いま水木さんは、法の下の平等を定めた憲法に違反しているとして、隣家を相手に裁判を起こす準備を進めている。

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 小孫化という時代の流れが変えたのは、老人だけではない。

「ひいおじいちゃん、死んじゃだめだ、死んじゃだめだ、わぁぁぁぁ……」

 102歳で大往生した曾祖父の亡骸を激しく揺さぶる少年の後ろ姿に、少年の両親、祖父母は涙をぬぐった。「ご臨終です」。その直後、刑事が病室に踏み込み、少年を逮捕した。

 これまで殺人、強盗、詐欺、恐喝、有価証券偽造などの凶悪犯罪を繰り返した少年が野放しになっていたのは、神奈川県内で最後の曾孫だったから。曾祖父の死亡で単なる孫に格下げされた少年は「曾祖父および曾孫の保護に関する条例」の適用対象から外れ、不逮捕特権を喪失した。

 現在、神奈川県と同様の条例を制定しているのは全国で32の都と県。いまや絶滅に瀕している曾孫を保護するのが本来の目的だが、犯罪の隠れ蓑として利用されているのが現状だ。神奈川の少年については、検挙を逃れるために曾祖父の食事に朝鮮人参エキスを混入させ、不当な延命を図った疑惑も浮上している。

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