衝動的進化論 異常の果たした役割

 
 前橋市の群馬県立現代美術館で2月中旬、作品の前で全裸になった中年男性のAさんが、公然わいせつ容疑で逮捕された。目撃者らの証言によれば、Aさんは警備員の手で展示室の外へ連れ出されるさい、性的な興奮状態にあったという。このとき展示されていたのは無機的で難解な現代絵画。美術館の関係者たちは、公然わいせつに至った動機がわからないと首をかしげる。

 それは、Aさんにとっても同じだ。Aさんは地元の信用金庫に勤務する普通のサラリーマン。とくに変わった性的な習性があるわけでも、現代美術の偏執的なファンでもない。美術館には、妻の「おとも」としてやって来た。何の気なしに現代美術の展示室に足を踏み入れた。作品のうち一つを目にした瞬間に、心の底から衝動がこみ上げてきた。気が付くと全裸になり、快感に溺れていた……。

「なぜだか、今でもわからない。しかしこのエクスタシーは、誰にも否定できない」と、Aさんは顔を紅潮させて語る。Aさんは法的には不起訴処分になったものの、勤務先では懲戒免職処分を受けた。現代美術全集を書店で買い求めてからは、妻の呼びかけにも応じず、ドアに鍵をかけて寝室の中に閉じこもったままだ。

 Aさんは、決して異常なのではない。ほとんどの人は、特定の条件の下で、他の人は感じない性的な悦びを感じる。その条件は、個人により千差万別。Aさんのような人物が異常と考えられがちなのは、大部分の人が、それぞれにとっての「特定の条件」の下に置かれ、説明のつかない快感に溺れた経験がないからだ。

 日本の食卓に欠かせない納豆。慣れれば美味しいが、慣れるまでには時間がかかる。納豆で苦労したことのない人は、子どものころに大人から「納豆はおいしい」という情報を刷り込まれた。なんら納豆についての知識を持たない外国人が納豆を見れば、食べ物だと思わない。ではなぜ、日本人の祖先は、外国人と同様、それまで見たことがなかった納豆を食べたのか。「腐敗した豆類の匂いから性的な満足を得る人が、突破口を開いた」――
最近学界で主流を占めている説に従えば、これが結論になる。

 ウニ、毛ガニ、伊勢エビ……。中身は美味だが、外観がグロテスクな生き物は数え切れない。いずれも、最初に食べた人が「変わり者」だったことは容易に想像できる。学術的には、「性的な変わり者」だったという方向に、認識がシフトしているだけなのだ。

 不運な人は、性的な興奮の対象を見つけて、変わり者の烙印を押され、社会から軽蔑されてしまう(Aさんは幸せだと主張しているが)。ほとんどの人は、対象を見つける機会のないうちに一生を終える。幸運な人は、ウニを最初に食べた人のように、ほかの人の行動様式を変え、社会の役に立つ。さらに幸運な人は、倒錯した悦びのために発明、発見をして、歴史に名を残すことになる。

 例えば、オセロゲームの考案者は「白」と「黒」の模様がめまぐるしく変化する情景に、素人と玄人の共同作業を連想したといわれている。ライト兄弟が順番に飛んだのは、一人にだけにいい思いをさせたくなかったからだとの見方が、航空史の専門家の間では定説だ。世界各国で出願される特許・実用新案・意匠のうち9割までが、実際は心理的な「淫具」なのだとの指摘もある。

 生物の世界でも、異常な性的嗜好をもつ個体が進化に貢献したと考える人が増えている。たとえば、なぜ魚は、呼吸が容易でたくさんの食物がある水中を離れ、陸に揚がったのか。

「どんな犠牲を払おうとも、砂浜に寝そべり、一糸まとわぬ肢体を太陽の下にさらすことに悦びを感じた生物がいたとすれば、その気持ちはよく理解できる」(全米ヌーディスト同盟のトーマス・スタンリー会長)

 この説が正しいとすれば、鳥類誕生の理由も自ずから明らかになる。一糸まとわぬ体よりも、色鮮やかで長い羽根で飾られた体に性的な満足を感じる生物が現れた。毎日崖の先端に立ち、真下の湖面に写る自らの姿を見て陶酔していた。ある日、崖が崩れた……。

 空を飛ぶことの快感に溺れる個体が出現するまでに、鳥類の祖先がいったいどれだけ溺死したのか、いまとなっては知る由もない。

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