問われる余生の意味

 大分県と宮崎県の県境にそびえる方府山。標高1000メートル足らずの山を、いまこの瞬間に包んでいるセミの鳴き声は、例年の同じ時期より騒がしく、なぜかもの哀しい。357匹――9月1日から13日にかけ、方府山一帯で自殺したセミの数だ。鳥に襲われても逃げないなどの方法で実質的に自ら死を選んだセミは、これをはるかに上回るとみられている。

 セミの幼虫は地中で数年を過ごし、ある夜、地上に出て脱皮し成虫となる。その後約2週間にわたり鳴きつづけ、交尾して子孫を残してから死ぬ。その生きざまはあまりにもはかない。「せめて1年、思うままに歌い、自由に空を飛ぶ生活をセミたちに楽しんでもらいたかった」と、大分農業工業大学の講師、相沢信雄さんは、方府山で捕獲したセミの成虫1000匹余りに栄養剤、ビタミン剤、抗生物質を注射した理由を説明する。

 相沢さんの善意は、セミに伝わらなかった。多くのセミが、せっかく手に入れた1年の余命を自ら放棄してしまうのはなぜなのか。それは、生きる目的を見失ってしまったからに他ならない。通常のセミは約2週間にわたり、文字通り命をかけて鳴き続けるが、延命されたセミは、3週間ほどで熱意を失ってしまう。体力的な問題はないが、バリエーションのほとんどない「歌」に飽きてしまうらしい。それでも、ほかに能がないセミは鳴きつづける。やがて、セミとしてこの世に生を受けた意味を考え始め、自己嫌悪に陥る……。

 充実した余生を過ごすためには、薬品の摂取だけでなく、鳴くという行為を根底から見つめ直す必要がある。しかし、数千万年前から全力で鳴くことだけを要求されてきたセミの成虫にとり、それは容易なことではない。方府山の北側では、ミンミンゼミが「ミン…ミン………ミン」と、一字一句の意味を噛みしめながら鳴くようになったが、何ら意味を見いだせなかったためか、3日後には通常の鳴き声に戻った。西側では、ヒキガエルの門下に入ろうとして拒絶されたクマゼミの存在が確認されている。東側ではツクツクホーシが、鳴き声の基本形とされる「ツクツクホーシ」のほか、「ホーシツクツク」「ツクホーシツク」といった新機軸を打ち出したものの、逆に自己嫌悪を深める結果に終わってしまった。南側では、これまで周囲を気にせずに鳴きつづけてきたアブラゼミが仲間の鳴き声にイライラしたことから乱闘が発生し、5000匹以上が負傷している。

 セミの世界で、「高齢化」が必ずしも幸せにつながっていないことに気がついた相沢さんは、地面の下にいる幼虫の段階でより強力な薬品を注射することを計画している。方府山のふもとに張られた相沢さんのテントの近くには、夜になると多くのセミの幼虫が集まるが、しばらく考えたあと、そのまま地中に戻っていく幼虫がほとんどだという。

カテゴリー: 環境 パーマリンク