金融市場はどう変わる?

 「あれ、道に迷っちゃったよ……そんなわけないよな」 

 東京・外神田で文房具の卸売店を営む山崎浩三さんは、首をひねった。幼いころから慣れ親しんだ外神田の街で道に迷うとは、どうしても信じられない。しかし、小切手の束を持って行くはずの、さくら銀行外神田支店がどこにも見つからないのだ。昨日まで「確かこの道に」などと考えこむ必要などなく、目をつぶっていてもたどりつけた銀行が、どこかに消えてしまった。

「オレ、ボケちゃったのかな」とつぶやきながら今来た道を戻って来た山崎さんは、昨日までステンレス製のビルが日光を歩道に反射させていた場所に、木造で瓦葺きの古風な店が建っているのに気が付いた。あっけに取られている山崎さんを暖簾の内側で見つけた男が、店先に出てきて会釈してから山崎さんに声をかけた。

「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ。さあさあ旦那、中にお入りなさいまし」

と言われても、唖然としたままの山崎さんは、一歩も動くことができない。あいさつした男が、外神田支店長であることは分かる。しかしこの男がなぜ、ちょんまげを結って、「御為替三井組」と襟に記された和服を着ているのか、山崎さんには到底理解できなかった。

 4月1日にいよいよ実現した和風ビッグ・バン。日本の金融市場を大きく変えるという点で、有識者や業界関係者の意見は完全に一致しているが、具体的に和風ビッグ・バンが何を指し示すのかについて、個々の金融機関の見方はさまざまだ。日本最初の私営銀行の流れを汲むさくら銀行は、徹底的とも言える日本的金融機関への回帰を目指している。無論、すべての銀行が、和風ビックバンを同じようにとらえているわけではない。

 東京駅近くにそびえる、東京三菱銀行本店。その地下にあるコンピュータ・ルームでは、4月1日の開店時間直前まで、勘定系ホスト・コンピュータの大規模なプログラム改造が行われていた。

 北は九州から南は沖縄に到るまで、全国各地の支店に取り付けられたATMや窓口の端末、支店のコンピュータから、膨大な量のデータが次々とこのホスト・コンピュータに送られてくる。預け入れ、引き出し、送金、公共料金の支払い……。ATMや端末からみれば、すべての決済は3月31日までとまったく同じ方式で行われているように見える。しかし、4月1日から、ソース・コードの加減乗除の前には「え~、願いましては」、その後には「也」というコメントが付け加えられている。顧客や一般の行員が気が付かないところで、和風ビッグバンは着々と進行しているのである。

 変わるのは、市中銀行だけではない。銀行の銀行として、金融市場全体の動きを司る日本銀行もまた、新しい時代への対応を迫られている。

 群馬県安中市郊外にある、日銀農場に並ぶビニール・ハウスの内部では、早くも菊が満開になっている。昨年まではこの時期、マーガレットが咲き乱れていた。

「関東地方の中小企業の倒産が増える、増えない、増える、増えない、増える、増えない……」

 花びらを一枚一枚抜き取りながら、企業短期経済観測調査用の基礎データを収集する女性のアルバイトも変わった。3月31日までは県立安中女子高校の現役学生。4月1日からは、その前身である旧制安中女学校を戦前に卒業した老女たちが、60年ぶりに庇髪を結って、景気予測に協力している。

 黄色の菊と、白いマーガレットの間で、データにどんな違いが出るかはわかっていない。ただ、日本の金融システム全体が、全く予測のつかない領域に踏み出したことだけは、確かである。

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