一通のエア・メール

親愛なる日本の中学生へ

 みなさん、こんにちは。私たちの国では暑い日が続いています。プールがなくては生きていけません。日本はさぞかし寒いのでしょうね。

 ナガノのオリンピック大会は、毎晩、テレビで拝見しています。私自身にはスキーもスケートも経験がなく、我が国民のなかにも経験者はほとんどいないのですが、あの「カーリング」とかいう競技、オリーブ油を塗った大理石の床でできるのなら、ぜひ一度、トライしてみたいものです。

 さて、無駄話はさておき、今回、こうして私が直々にペンを手にしてみなさんに手紙をしたためることにしたのは、あるニュースを耳にしたからです。みなさんの国ではいま、「所持品検査」という恐ろしい行為が着々と進められているらしいですね。

 神の下では、人間は皆、平等です。言うまでもなく、人間には誰にでも、持ちたいものをもつ権利がある。みなさんの国には「サシミ」という素晴らしい料理があるそうですが、もし板前さんがサシミ包丁の所有を禁止されたら、みなさんはどうするのでしょうか。マグロに直接くらいつくのでしょうか。私個人はそういう行為が決して嫌いではありませんが、かといって、皆がそうするべきであるとも思いません。したがって、板前さんにサシミ包丁を持っていけないというのはおかしい。人間は皆平等ですから、中学生や高校生がナイフをポケットに入れて持ち歩いてはいけないというのも、不合理な話です。

 しかし、不合理なことを言う人間は、残念ながら世界中にいるものです。日本にもたくさんいるでしょう。なかでも腹立たしいのは、自分たちが持っているものについて、他の人間に「持ってはいけない」と主張する輩たちです。みなさんの学校の教師は、ナイフという物体はもっていないかもしれない。しかし、内申書という武器で、ナイフの切り傷よりもはるかに深いダメージをみなさんに与える力を持っているのです。にもかかわらず、ナイフは危ないから持つなという。さらには、おまえたちはナイフという危険物を持っているから、カバンを開け、ポケットの中身を机の上に並べなさいという。

 決して、決して、彼らの言うなりになってはいけません。所持品検査を受け入れることは、自らの尊厳を捨て、奴隷になることなのです。自衛や反撃の権利と、そのために必要な道具は、絶対に保持していなければなりません。そのために、教師はあなたを殴るでしょう。頬が痛むでしょう。しかし怯んではいけません。そのときこそ聖なる戦いの火蓋を切って落とすのです。

 神のご加護がありますように。

サダム・フセイン

 
追伸 別便の小包にて化学弾頭搭載型スカッドをお送りしました。

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