マイクロソフト、米司法省と対決

 米司法省がついに動きだした。なりふり構わぬマイクロソフト(MS)のシェア拡大戦略を、とうとう静観していられなくなったようだ。今回、司法省は基本ソフト「ウィンドウズ95」とホームページ閲覧ソフト「インターネット・エクスプローラー」(IE)の抱き合わせ販売を停止するよう求めて、裁判所にMSを訴えた。しかし業界関係者の間では、司法省がオフィス用統合ソフト、開発環境など他の分野でも、MSに販売戦略の転換を迫るとの見方が強い。

 米国では、カルテルやトラストに対する警戒感が日本では考えられないほど強い。その証拠に、米国内のスーパーマーケットでは、醤油だんごが必ず1串12個で売られている。日本のような1串3個式の包装だと、1個しかもらえなかった弟や妹が、一度に2個を頬張った兄や姉を反トラスト法(独占禁止法)違反で訴えることが多いからだ。1パックに2本入っていると、仲直りするどころか、兄が弟を、弟が兄を訴え、対立がさらに激化する可能性のほうが大きい。一方、1串12個なら、2人兄弟、3人兄弟、4人兄弟、6人兄弟でも無理なく分割できる。

 反トラスト法の厳格な施行状況を語るとき、必ず引き合いに出されるのが、アラバマ・マグネット・コーポレーション(AMC)である。1950年代、工業用磁石の世界市場で95%以上のシェアを誇っていたこの巨大企業は、1959年、連邦取引委員会(FTC)の手で、N極専業メーカーのAMCノースと、S極専業メーカーのAMCサウスに分割された。ところが立ち入り検査のたびにノースの倉庫からS極が、サウスの倉庫からN極が発見され、両社は巨額の罰金を支払うよう命じられた。その後も両社はFTCからの改善勧告に従わなかったため、繰り返し罰金を科され、1963年1月6日、奇しくも全く同じ日に倒産している。

 日本の家電大手、シャープでは、左右両開きの冷蔵庫を北米市場でも販売しているが、米国内の消費者に対しては、右利きの人は必ず右から、左利きの人は左から、両利きの人は必ず手前に引っ張って開けるよう呼びかけている。そうしなければ「右開き冷蔵庫と左利き冷蔵庫を抱き合わせで販売したと解釈される可能性がある」(シャープアメリカ上級副社長・河野治郎氏)ためだ。

 不当な販売行為にこれほどまでに過敏な米国にあって、MSは巧妙な方法でシェアの拡大を図った。それは、ソフトの機能拡大である。

 かつて、基本ソフトは単純で小さいソフトだった。同じMS製品でも、ウィンドウズ95が登場するまで最も代表的な基本ソフトだったMS-DOSには、ほかのソフトの実行やハードウェアの管理といった必要最小限の機能しか含まれていなかった。ソフトの機能が限られていれば、司法省やFTCにはMSのシェア拡大を阻止する理由がない(ただし、司法省の最近の調べで、IEをインストールするとネットスケープ・ナビゲーターが正しく作動しなくなる仕組みは、1983年ころMS-DOSのシェルのなかに取り入れられていたことが判明している)。

 ところが、シェアが飽和点に達したころ、MSはソフトの機能を拡張する作戦に転じた。ウィンドウズ95は基本ソフトの一種だが、ネットワーク接続やFAX通信など、豊富なアクセサリーを含んでいる。ウィンドウズ95とIEの抱き合わせ販売も、IEの知名度がほかのアクセサリよりも高いという違いはあるものの、基本ソフトの機能拡張には違いない。基本ソフトの機能が増えれば、ユーザーは他社のソフトに頼らなくて済む。その結果、MSのシェアだけが上昇することになる。ちなみに、ウィンドウズ95の後継商品、ウィンドウズ98の日本語版には、「メモ帳」や「ワードパッド」の代わりに、MSが独自に開発した一太郎V12.0が搭載されることになっている。現在、ジャストシステムが販売している一太郎V8.0は、その簡易版に過ぎない。

 MSという会社の体質をよく示す逸話がある。本社で開かれた会議で、副社長が、ウィンドウズ95の売れ行きが当初見込みを下回ったと報告した。ゲイツ会長を始め、重役たちの表情は暗い。次に副社長が、IEの売れ行きが当初見込みを若干上回ったと報告した。それでも重役たちの表情は暗い。最後に副社長が、ロータス、ノベル、ネットスケープの業績がいずれも前期よりも悪化したと報告した。重役たちは抱き合い、涙を流して喜び、その場でボーナスの増額を決めたという。

 米司法当局者や他のソフト・メーカーは、MSのシェア拡大を強く警戒している。しかし、一般のユーザーが同じ懸念を抱いているわけではない。むしろ、基本ソフトと高度に整合されたソフトが増えるほうが便利だし、たとえばどこの会社でもMSのデータベースソフト、「アクセス」を使うようになれば、データのやりとりが現在よりも簡単に行えるようになる。このため、米西海岸では、MS製品のシェアがすでに100%を上回った州がいくつかある。

 このままでは、今後数年のうちにあらゆるソフトの市場がMSに呑み込まれてしまう。ロータス、ネットスケープ、アドビなどでは、反マイクロソフト陣営の形成に向けて交渉を続けている。問題は、十分なソフト開発資金を確保できるかどうかだが、『ベーシックのビル』を名乗る正体不明の資産家が、投資銀行を通じて資金面からの支援を持ちかけているらしい。MSのソフト市場完全制覇は、そう簡単には実現しそうにない。

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