私の過払い請求

 タカシに初めて会ったのは18歳の春。同じ春に、私の転落が始まりました。

 父は高校教師。母は結婚して家庭に入る前まで父の同僚でした。厳しくしつけられた私は毎日遅くまで勉強し、東京の私立大に入りました。サークルの飲み会で飲み慣れない酒を飲み、ちょっと酔って渋谷を歩いていたとき、タカシにナンパされました。

 それまで厳格に育てられたからあまりに免疫がなかったのか、それとも私の本性がそのとき初めて顔を出したのかはわかりませんが、タカシが私の部屋に転がり込み、同棲を始めるまで一ヶ月もかかりませんでした。

 夢のような毎日でした。タカシが定職についていないことも気になりませんでした。親からの仕送りも学費もわずかなバイト料も、求められるままタカシに渡しました。自然と大学からは足が遠のき、私の乱れた暮らしぶりを知った母は寝込み、父には勘当を言い渡されました。

 それからはスナックで毎晩働くようになりました。でもお金を渡せば渡すほど、タカシにとって私は女ではなく金づるになっていきました。風俗嬢となり、サラ金からの借金も重ね、とうとう首が回らなくなったとき、タカシに「もうお金は渡せない」と初めて告げました。表情から感情が消えたタカシが金目のものだけをバッグに詰め込んで、さよならさえ言わずに家を出て行ったのはその夜のことです。

 地獄を見たのは翌日からでした。借金返済のために、風俗で働いている人にも明かせないような仕事もずいぶんとやりました。利子が利子を産み、なかなか借金は減りませんせんでしたが、40歳になった年に完済することができました。

「よくがんばったね」。安売りの缶酎ハイで独り乾杯しながら、私は自分をほめました。他に誰もほめてくれる人は居ません。家族も友人もいない。親とは20年以上音信不通です。40歳になった私は、これから死ぬまでひっそりと、ひとりで生きていくのかと思った時、タカシが出て行ったあの夜にも感じなかった途方もない寂しさに包まれました。

 部屋の静けさに耐えられなくなり、AMラジオをつけたらCMが流れてきました。

「♪過払い金ならラッキー、ラッキー法律事務所 ノーノー着手金 今すぐコール」

 どのサラ金業者から借りていたかさえ伝えれば、あとは全部手続きしてくれて、過払い金が戻ってくるという夢のような話でした。不幸せが当たり前になっていた私は最後まで半信半疑でしたが、払い戻された過払い金は500万円と、予想外の金額でした。

 これもみんなラッキー法律事務所の先生が親身になって手続きしてくれたおかげです。正直に言えば、こんなことならもっと早く相談しておけば良かったという思いもあります。

 500万円のおかげで、私にも運が向いてきそうです。このどん底から這い出せるかもしれません。まずは私立探偵に頼んで、タカシが今どこで何をしているのか、調べてもらうつもりです。

(ラッキー法律事務所相談事例集から)

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