アナログ停波から7年、突然のブラウン管人気

 都内で中古品販売店を経営する花村隆さんは首をかしげる。
 「アナログテレビが飛ぶように売れていく」
 地上アナログ放送の停波は2011年7月。使い道がほぼなくなったアナログテレビを、花村さんは発展途上国に売れるかもしれないと考えて安く買い集めたが、輸出先に見込んでいた国々で環境保護規制が厳格化して輸出が不可能になり、倉庫にはこの7年間、行き場のないアナログテレビが山積みになっていた。廃棄物として金を払って処理するしかないかと悩んでいたころ、事務所の電話が鳴り始めた。
「アナログのテレビ、できればブラウン管、14インチ以下で」
「ビデオ入力端子がないもの。1チャンネルか2チャンネルに外付けチューナーをつなげて使う」
「色ずれはどれくらいあるのか。いや、神経質なわけじゃない。むしろ色ずれが大きいほうがいい」

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 大量注文が始まったのは31日朝。2ヶ月前に慌ただしく発足した「西野ジャパン」が、初陣の日本代表対ガーナ代表でチャンスらしくチャンスを作ることがないまま0対2で敗れた翌日のことだ。家電アナリストの佐伯紀夫氏は、家電市場で始まったまったく逆の現象に注目する。
「どの家電量販店でも、通販サイトでも、西野ジャパン惨敗の翌日から、50インチ以上の画面を備えた大型4Kテレビへの注文がぱったりと途絶えた。『2週間後に迫ったサッカーのロシアW杯で、日本代表の躍動を大型、高精細の画面で見たい』という意欲を、消費者は失ってしまったのではないか」

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 匿名を条件に、熱狂的な日本代表サポーターの広岡さん(仮名)に、時代遅れのアナログテレビを入手した理由を聞くことができた。
 「ハリルホジッチの解任は到底理解できない。ガーナ戦での惨敗を見て、ロシアW杯での1次リーグ突破は無理だと確信した。日本代表が旋風を巻き起こすと信じて50インチ4Kテレビを購入したが、ポーランド、セネガル、コロンビアにいいようにやられる日本代表を巨大画面で見せつけられるのは耐えられない。かといって、長年日本代表を応援してきた者として、W杯で日本代表の試合を見ないわけにはいかない…」。広岡さん、そして無数のサポーターたちがぎりぎりのところで見つけた妥協点が、不鮮明なテレビを通じた試合の観戦だった。

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 静岡市内にある町工場跡から、絹田多壽子さんが最後まで残っていた一箱を運び出し、集荷に来た宅配便のドライバーに手渡した。優しかった夫との思い出に包まれ、静かだが幸せな日々を送っていた絹田さんの家の電話も、31日朝から鳴りっぱなし。15年前に他界した夫が経営していた町工場が、テレビの画面の前に取り付ける平面レンズフィルターを製造していたことが、傷心の日本代表サポーターによりSNSで紹介されたためだ。
 「確かに夫はそういう物を作っておりましたが、なにせ昔のことですから、もう残っていないはずです」と絹田さんは説明したが、多数のサポーターからの熱心な問い合わせに突き動かされて、夫の死後はほとんど足を踏み入れることのなかった倉庫の片隅で、売れ残った数十枚が箱に収められてホコリをかぶっているのを見つけた。
 「でもね、うちの主人が作ったのは、画面を大きく見せるための商品なんです」と、絹田さんは戸惑うが、裏返しにすれば画面は小さくなるとの情報もまた、SNSを通じてサポーターの間で共有されている。

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