幸せな老後はインドネシア語から──被外国人介護研修始まる

──Perut kosong. (お腹が空きました)

──Saya ingin pergi ke toilet. (トイレに行きたい)

──Aku makan makan malam lain? (私、もう夕食を食べたっけ?)

 流暢なインドネシア語で3人の日本人が発した言葉の意味は、介護職員に通じたようだ。ここはジャカルタ市郊外の老人福祉施設。現地の介護員が優しい微笑みを浮かべながら世話している。世話される3人はまだ50代から60代で、それぞれ機械メーカー勤務、飲食店経営、公務員の仕事についており、実際に介護される立場になるのは10年以上先の話だが、いつかは研修で磨いた能力が生きる。

 3人は、厚生労働省が募集した被外国人介護研修のパイロット事業に応募し、350倍の狭き門をくぐって選ばれた「精鋭」たち。完璧なインドネシア語で介護員とコミュニケーションを図り、トイレや入浴を含む介護サービスを受けている。

 「彼ら3人が適切な外国人の介護職と良好な関係を築けるかどうかが、2025年以降の日本の命運を握っている」と、同行した厚労省の審議官は語る。

 2025年には団塊の世代が75歳以上の「後期高齢者」となる。その数2200万人。人類が経験したことのない「超・超高齢社会」の最大の不安要素が介護職不足だ。全国で100万人もの欠員が生じるとの試算結果もある。

 従来、このギャップを埋めると期待されていたのが東南アジアなどの外国人労働力だった。日本語を話す介護職も少数ながらすでに日本国内で働いている。ところが、経済成長と社会の高齢化が並行して進む中国も、東南アジアからの介護職導入に向けた検討を続けており、派遣先の言語を話す優秀な人材をめぐる競争が生じるのは確実だ。

 そこで有識者が提唱しはじめたのが、「被外国人介護能力」、つまり外国人の介護職に世話される側の能力の向上だった。厚労省の検討会で座長を務めてきた葛飾保健福祉大学の稲葉雄介准教授は語る。

「老後、日本語の話者に世話をしてもらえる可能性は低い。日本語を話さない外国人介護職の本格導入を見越して、今から基本的なことがらは東南アジアの諸語で表現できるようにしておくべき」

 インドネシアの3人に続いて、この秋にはベトナム、冬にはフィリピンへの派遣も始まる。現在、都内の研修施設では食事、トイレ、テレビ、外出などについて、ベトナム語とタガログ語での表現ができるよう集中的な研修が泊まり込みで行われている。

 訓練科目は言葉だけではない。「昨夜はバンクオン(蒸し春巻き)、今朝はフォー(米粉製の麺)、今夜はバインセオ(ベトナム風オムレツ)。そろそろ和食が恋しくなってきたが、いつかベトナムの方に介護してもらうためには、これくらいは我慢しなければ…」と語るのは50歳代の研修生だ。

 外国人介護職の本格導入は、日本の老人福祉施設の運営のあり方も一変させると、稲葉教授は予測する。「いまは入居者のレクリエーションとしてお花見、収穫祭、クリスマスなどにパーティーを開いている施設のうち、タイから介護職を導入するところでは、早ければ2023年頃には本場さながらの水掛け祭りが始まるのではないか」

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