北海道新幹線開業で「寝過ごし鉄」も新時代へ

 「26日が待ち遠しいですね。八戸、新青森まで到達した経験はあるので、今度は一番列車での函館到達を目指したい」

 北海道新幹線が開通する3月26日の朝、乾公人さん(42)ははやぶさ1号に始発駅の東京駅で乗り込む。大宮市に住む大学時代の同級生には、この日の朝に訪れると電話で伝えてあり、手土産の日本酒もすでに用意した。しかし購入したきっぷは終点の新函館北斗までだ。

 「出発前の48時間は寝ません。上野を出るころには眠りに落ちて大宮を過ぎ、そのまま青函トンネルに入るまで起きないはずです」

 乾さんによれば、一番列車では十数名が初の「寝過ごし北海道上陸」を目指すという。

 乗車するという行為を楽しむ「乗り鉄」、鉄道の撮影に熱中する「撮り鉄」、鉄道にまつわる様々なモノを集める「収集鉄」……。鉄道ファンの生態はさまざまだが、暗然たる勢力を維持していると言われるのが「寝過ごし鉄」だ。彼らは一番列車、最終列車などエポックメイキングなさまざまな列車に乗り込み、眠りに落ち、目的地を過ぎ、目が覚めたときに愕然とする。名目上の目的地は出発地から比較的近い場所に設定されるが、他の利用客に迷惑をかけないよう、終着駅までのきっぷを確保するなど、マナーも重視するのも特徴だ。

 寝過ごし鉄というジャンルは、通勤電車の長距離化に伴い発達した。昭和30年代以降、大都市圏の住宅エリアは郊外に向けて急速に広がり、夜間には激務に疲れたサラリーマンがマイホームへと向かう電車の中で居眠りして寝過ごしてしまうリスクも高まった。「長老」として寝過ごし鉄たちの尊敬を集める根尾恭介さん(84)は、この道に入った経緯を振り返る。

「昭和28年に大井町の会社に就職しました。仕事を終えて京浜東北線で自宅のある蒲田に帰るはずが、目を覚ませば川崎だったり、横浜や大船まで来ていたり。最初は舌打ちしたものですが、夢からうつつに戻ったときの『ここどこだ』というスリルが病みつきになってしまったんです」

 寝過ごしの射程を大幅に伸ばしたのが、西へ、北へと伸びた新幹線網だ。関東から関西圏、中国地方、そして九州への寝過ごしが可能になり、東北、北陸方面も圏内に入った。寝過ごしの魅力に取りつかれる人の数も比例して増えていった。そして今、全国の寝過ごし鉄たちは「未開の地」北海道に熱い視線を送る。

 一方、寝過ごし鉄が最も忌み嫌う行為が、狸寝入り。名目上の目的地に到着した時点で意識が落ちていなければ降車するという暗黙のルールが存在する。途中で目が覚めても、やはり寝たふりは許されない。実際、乾さんも過去の挑戦では睡眠のタイミング調整に失敗して、予定よりも大幅に早く列車を降りたことがある。北海道新幹線の一番列車は時間帯が明るい朝だけに、寝過ごしのハードルは一段と高い。

 北海道新幹線の一番列車で終着駅まで寝過ごすことができれば、歴史に名を刻む快挙となる。それだけに寝過ごし鉄たちの興奮は日ごとに高まっており、中には26日のことを考えるともう眠れないと語る人も。乾さんは、乗車を予定している寝過ごし鉄のうち3~4人は自宅で毛布をかぶったまま一番列車の出発時刻を寝過ごしてしてしまうと予想している。

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