今世紀 最初で最後

 モンゴル北部の村落、ダルハン。

 数百頭の羊、そして少数の馬と遊牧民しかいない地に、世界各地から数千人の天文ファンが詰めかけた。

 お目当ては、皆既日食と今世紀最大級のすい星の「共演」という、数百年に一度の豪華な天体ショーだ。

 円形だった太陽が少しずつ欠けていく。ショーの開演を今か今かと待つ観衆の耳に、ダルハンに近づく1機のヘリコプターの音が聞こえただろうか。

 太陽が三日月になり、朝の雪原が夕闇に包まれた。

 午前9時49分。たった2分30秒間の共演が始まった。役者は、丸い影の縁で放射状に光を放つコロナと、ヘール・ボップすい星だ。

 そのとき、天文ファンが設営したテント村の中央に、ヘリコプターが着陸した。降りて来たのは、ちょんまげ頭にまわし姿の力士二人。コロナのわずかな光で顔を識別することは難しいが、二人の間に著しい身長差のあることだけは明らかだった。

 二人は雪の上に大きな丸を描くと、相撲を始めた。大きな力士はすぐに小さな力士を土俵際まで追い詰めた。

 何事だろうか。氷点下10度の雪原で、しかも、世紀の天体ショーが繰り広げられているこの瞬間、二人の力士は、なぜここで、相撲を取っているのだろうか。数千人の天文ファンには誰一人として、答えを見つけることができなかった。

 大きな力士は、破壊的な突っ張りを連発していた。これまでなんとか耐えていた小さな力士も、次第にあごが上がってきた。
(勝負あった。これで、日食とすい星の観測に専念できる)

ほとんどの天文ファンはそう考えたはずだ。

 ところが、小さな力士は大きな力士が渾身の力をこめた「とどめの一発」をかわしたかと思うと、文字通り目にも止まらぬ敏捷さで大きな力士の背後に回り、まわしを左右からつかんだ。

 そして、奇跡が起きた。

 小さな力士が背後から大きな力士を持ち上げ、振り子のように大きく左右に振り回したのである。大きな力士は足をばたばたさせているために、地面に降り積もった雪が左右にかき分けられた。

 国立天文台から派遣された日本人研究者がつぶやいた。「こ、これがあの、ほうき星なのか……」

 説明せねばなるまい。1960年1月、日本相撲協会が認定した70種類の決まり手のうち、一度も使われたことがないものがある。それが、相手のまわしを後ろからつかみ、左右に振り回す「ほうき星」だ。

 大きな力士の振幅は次第に大きくなり、最後には「ほうき」の先が大きな力士の頭ほどの高さになった。

「でぃやぁっ」

 小さな力士の叫びとともに、大きな力士は空を飛び、「土俵」の外の地面に頭から突っ込んだ。日本相撲協会の解説通り、手足が空に向かってまっすぐ伸びている。

 その瞬間、2分30秒の短い夜が終わった。コロナの裂け目から、太陽の光が溢れ出た。今世紀最大級のすい星も、日光に呑み込まれてすぐに見えなくなった。

 誰かが叫んだ。「あっ、いない」

 二人の力士は、いつのまにか忽然と消えていた。二人の行方は誰にもわからない。しかし、この場に居合わせた天文ファンには、自分たちがたったいま、皆既日食という十数年に一度のできごと、巨大すい星という数十年に一度のできごと、そして、「決まり手は、ほうき星」という二度目があるかどうかさえわからないできごとを同時に体験したことが、よくわかっていた。この感動的な奇跡を、永遠に語り継いでいかなければならない。誰もが、人類の一員としての責任を感じていた。

「旭の鷲が、巨大なほうきで暗闇を退治した。そんな伝説が残るかも知れないな……」

 南東の空に向け飛ぶヘリコプターのなかで、西小結に昇進したモンゴルの国民的英雄は、そんなふうに呟いたのだった。

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