緑ぼぶ助の電子レポート モバイルがんじがらめ

最近、街角でノートパソコンを開き、何かを入力している人をしばしば見かける。多くの場合、ノートパソコンにはPHSが接続されている。どうやら電子メールを入力しているらしいと気がつくまでに、しばらく時間がかかった。

コンピュータを持ち歩いて、いろいろな場所で操作することを「モバイル・コンピューティング」と呼ぶらしい。モバイルという聞き慣れない言葉が、すでにカタカナ言葉として定着したはずの「モービル」と同じ意味だと気がついたのは、やはり街角で「ガソリン入れるならモバイル石油」「冬の乗り物はやっぱりスノー・モバイル」といった会話を耳にしたときだった。今年の成人の日には、モバイル・コンピューティングの最中の男性が、晴れ着姿の女性に向かって「オウ、ゲイシャガール」と叫んでいるのも聞いた。これは、相当来ている。

とにかく、彼らはどんなところでもキーボードと液晶ディスプレイに向かっている。電車、デパート、路上、動物園……。モバイル中毒にかかって病院にかつぎこまれる人も少なくない。幸い、有効な治療法がすでに確立されている。狭い部屋の中に閉じこめて、スピーカーで「誰も見ていないよ」と告げると、たとえノートパソコンが目の前にあっても使わないという。

モバイル・コンピューティングのおかげで、場所を選ばずに電子メールを作成・送信できるようになった。それはそれでいい。しかし、もし人間同士のコミュニケーションが電子メールでしか図れないとすれば、それは問題である。1日に100通以上の電子メールを送るというサラリーマン男性に、電話や直接の会話に頼らない理由を尋ねてみた。
「うーん。それはね、メールのほうが表現が豊富でしょ。声だと『σ(^-^;)』とか『(^^ゞ』とか伝えられませんからね。メールの表現のほうが、しっくり来るっていうか……」

と、この男性はまったくの無表情で、声の高低と強弱を一定に保ったまま答えた。すでに電子メール人間に特化してしまったようだ。

複雑に絡み合う電源コードやケーブルを断ち切ったモバイル・コンピューティング。そのユーザーは自由にも見えるが、本当に彼らは自由なのだろうかと、私は疑問に思うのである。

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