丸くおさまる女

「そうですか……。いえ、いいんですよ。どうもご丁寧にありがとうございました」

 電話に出た母親の口調から判断して、15回目のお見合いも失敗に終わったようだ。

 最初の数回は慰めてくれた母親も、10回目を過ぎたあたりから娘を責めるようになった。

「『の』が丸すぎるって。だから、あんな仕事さっさと辞めてしまいなさいって言ってるのよ」

* * *

 31歳の独身女性、円地丸美さんは、某活字メーカーに勤務するフォントデザイナーだ。専門は丸文字で、日本で使われている丸文字系フォントの半分近くは円地さんがデザインした。

 あらかじめ母親に命じられた通り、見合いの席では畳の上に指で「の」と書いたつもりだったが、先方の両親が「丸すぎる」と文句をつけたのも無理からぬ話だった。職業柄、円地さんは、「田」「口」「品」など角張った漢字もすべて丸く書いてしまう。これ以上丸くなる余地がないように思われる「の」さえ、円地さんの手にかかると一段と丸くなった。これは、円地さんが丸文字デザイナーを続けている限り、逃れることのできない宿命だった。

 翌日、円地さんは仕事中に何度も何度も深いため息をついた。やりがいのある仕事ではある。しかし、これでは円満な家庭を築くことなど、まるっきり望めない。

 円地さんは意を決して、辞表を書きはじめた。

 この度、一身上の都合により……

 この度、一身上の都合により……

 この度、一身上の都合により……

 ある程度、予想はしていたが、何回書き直しても見事な丸文字になった。辞表というものは、行書とか、楷書とか、悪くても明朝体でなければならない。丸文字の辞表など、受理してもらえるはずがなかった。

「円地さん、ちょっと来てくれたまえ」

 部長に呼ばれた瞬間、円地さんは決意した。こうなったら直接部長に辞意を伝えよう。

「あの……。部長……。実は……」

「円地さんね。大変なことになったよ。さっき専務から連絡があって。今度うちで、タイ文字、ビルマ文字、タミル文字とか、南インド系文字のフォントを丸ごと開発することになったらしいんだ。忙しくなるが、頑張ってくれよ」

「はい。がんばります。よろしくお願いします」

 としか、円地さんには言えなかった。丸文字の宝庫、南インド系文字のフォントの開発を任されたのだ、マルモジストとしてこれ以上の名誉はない。

 なんだか部長にうまく丸め込まれてしまったような気もするが、円地さんには、何かを頼まれてイヤということができなかった。生まれつき、角の立つことは嫌いな性格なのである。

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