かゆいライバル

夏のある日、左足の小指のあたりが突然かゆくなった。

靴下を脱ぐと、皮がむけ、赤くなっていた。どうやら水虫らしい。

私にとり、初めての体験だ。世の中には、かゆいところをかくときの快感がくせになり、わざと水虫を飼っている人もいるらしいが、私にそういう趣味はないので、早めに撃退することにした。

妻に頼んで、近所の薬局でチューブ入りの水虫薬を買ってきてもらった。患部に塗ると、痛みが走った。これなら効きそうだ。私は、水虫の菌が断末魔の叫びを残して死んでいく様子を想像した。

ところが、1週間ぐらいしてまた同じ場所がかゆくなった。患部は小指だけでなく、中指あたりまで広がっている。効かなかったのだろうか。

今度は私自らが薬局に行き、「一番強力な水虫の薬」を買い求めた。薬屋の主人が店の奥から持ってきたのは「ヌクリアー」。きのこ雲をモチーフにしたパッケージのデザインは、いかにも効きそうである。

「ヌクリアー」という名前は、はったりではなかった。局部に塗った瞬間、核爆発が起きたかと思うような激痛が走った。しかしこれこそ「肉を切らせて骨を断つ」。水虫の菌は木っ端微塵に吹き飛ばされたに違いない。

信じられないことに、私が勝利の喜びに浸れたのは1週間だけだった。以前にも増して激しいかゆみが私の左足を襲った。

薬に頼るのはもうやめた。水虫に苦しんだ経験をもつ友人の紹介で、私はある病院を尋ねた。水虫界では有名な物理療法のメッカ、ということだった。

診察室に入ると、看護婦が床の上にコンロを置き、天ぷら鍋を火にかけていた。私は医者に命じられた通り、靴と靴下を脱いでから、おそるおそる左足を天ぷら油の中に入れた。

熱い。

私は絶叫した。それは、痛みのためだけではなかった。私は勝ったのだ。あの執念深い水虫菌に勝ったのだ。どんなに強靭な生命力をもつ水虫菌と言えども、200℃に熱せられた油の中で生きていけるわけがない。

看護婦が左足に巻いてくれた包帯を見つめながら、私は水虫菌との壮絶な戦いを振り返っていた。まさに、好敵手。これほど手強いライバルとめぐり会うことは、死ぬまでないだろう。

ところが、水虫菌は好敵手であるばかりではなく、不死身でもあった。包帯でぐるぐる巻きにしたことが菌の育成を助けたのか、あれよあれよという間に態勢を立て直し、1週間後には左足の小指から親指までを占領してしまった。

私は天ぷら鍋の病院を再び訪ねた。先生は少し考えたあと、「どうやら、電気ショックしかないようですな」と告げ、こう付け加えた。「これは極めて危険な方法です。患者さんが命を落とすこともありますよ」

水虫菌の捕虜として生きるか。それとも、命と名誉を賭けて水虫菌と戦うか。私は迷わず、最後の戦いを選んだ。

誓約書にサインして、何が起っても病院に賠償を請求しないことを約束したあとで、私は電気イスならぬ電気ベッドに横たわった。

まず、200Vを1分間。すぐに先生が患部の皮膚をわずかに切り取り、顕微鏡で確認する。水虫菌はまだ生きていた。相手がそれほど軟弱だとは、私も最初から思っていない。

次は300Vを2分間。先生は顕微鏡をのぞいてから、首を横にふった。「まだだ」。それでこそ好敵手。相手にとって不足はない。

さらに、400Vで5分間。水虫菌は10分の1に減ったが、少しでも残っていれば、増殖してすぐに元通りになる。先生は「やめましょうか」と私に聞いたが、ここで引き下がれば今日までの苦労が水の泡になる。

500Vで10分間。生存している水虫菌は100分の1に減った。私も意識が朦朧としてきた。ただ、敵に勝ちたいという動物的な本能が、私を支えていた。

先生は電圧を600Vに上げた。このときすでに、私の感覚は麻痺していた。白い霧の中で、水虫菌が苦しんでいるのが見えた。すぐに情景が変わった。今度は、妻と娘が泣いている。「お父さん、どうして死んじゃったの」

私は我に帰った。いったい、私は何をやっているんだ! 家族のことを忘れて、水虫菌との戦いに命を賭けるなんて、正気の沙汰じゃない。先生もうやめて下さい、と言おうとしたその瞬間、私は、最後まで生き残った1匹の水虫菌の声をはっきりと聞いた。

「ボクもがんばる。キミもがんばれ」

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