元気な赤ちゃんを産む方法

4才児の母親、山田洋子さんがため息をつく回数が、このところ目立って増えている。

息子の博くんの発育が、団地に住むほかの4才児と、ほぼ同じなのである。

こんなはずではなかった。夫は三代前から一家揃って健康優良児、自分は江戸時代の著名な力士、雷電の血を引いている。妊娠中もエアロビクスを欠かさず、博くんは生まれた直後から水泳教室に通わせた。

5才、6才と見間違われなければ、おかしいのである。

洋子さんは振り返ってみる。毎日の食事、生活習慣に問題はないか。乳児の授乳量は適切だったか。細菌に感染していないか。しかし、どう考えても洋子さんは最善を尽くしたはずだった。

ただ一つだけ、洋子さんにはコントロールできない領域がある。ひょっとして、受精の方法が悪かったのではないか。洋子さんは、そんなふうに考えはじめている。

洋子さんは、考えすぎなのではない。科学者たちもまた、受精の方法と発育の相関関係に注目している。

いま学界の注目を集めているのは、受精の直前に精子が持っていた運動エネルギーの大小が、その後の受精卵の細胞分裂の速さや、動作のスピードを左右するという学説である。実際、ゴキブリの精子は成虫に負けず劣らず速い。ナマケモノの精子は顕微鏡で見ると実に怠惰な動きを示す。

人間の精子の動きには、個体差がある。平均速度は父親の体質や遺伝により大きく異なるし、精子一つ一つの速度もまちまちである。幸運にも、速い精子が卵子と結合した場合、その子はすくすくと育つだろう。逆に、遅い精子が卵子と結合したり、速い精子が何らかの原因で減速してから生まれる子は、何をするにも周囲の子供より一歩か二歩遅れるはずだ。

筑波学園都市内の高エネルギー物理学研究所を舞台に、いま、ある研究が進んでいる。電子・陽子衝突型加速器、トリスタンを用いて、超高速度で精子と卵子を衝突させ、高エネルギー赤ちゃんを育てようという試みである。

マイナスの電荷を付加された精子は、全長3000メートル余りのリング内で加速され、500億電子ボルトものエネルギーを蓄える。分かりやすく言えば、スキン1万枚を軽く突き破るほどの力である。

プラスの電荷を付加された卵子は、同じリングの中を逆方向に進む。エネルギーは精子と同じく500億電子ボルト。分かりやすく言えば、5000錠のピルを無駄にしてしまうほどの力である。

卵子と精子は観測装置の中で受精し、そのままボランティア女性の子宮に移される。

実は、高エネルギー物理学研究所ではこれまでに数回、実験を行い、うち一回は受精に成功している。母体のなかで細胞分裂が順調に進んだのも確認されたが、生まれてきたのは元気なオオツクヤドカリだった。巨大な運動エネルギーのために、もともと46本あった人間の染色体が砕け、254本に増えてしまったのが原因らしい。

オオツクヤドカリの赤ちゃんはすくすく育っており、1週間に一度は引っ越ししている状態だという。人間の高エネルギー赤ちゃんが誕生するのも、そう遠い将来のことではなさそうである。

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